#ハッシュタグ使うのためらいがち

おはようございます。一周回って生活リズムが元に戻りつつあります。良い兆候です。

 

残念なことですが、今日も今日とてネタがございません。どうしようかな。じゃあ、今回はTwitterのお話でもしましょうか。

わたくし、実はTwitterをしているんですね。Vtuber関連とヒラサワのtw(hz)を見るために利用しています。そういえば、Vtuberのこと書いてなかったな…。おいおい書くとしましょう。とにかく、毎日結構な時間使っているわけです。Twitterって怖そ~とか思ってたものですが、慣れてくると案外面白いものだとわかりました。新聞の一面レベルのことはすぐに見れたり、フォローによって情報が偏ってきたり、確かに使い方次第では有用なツールです。たまにデマも流れてくることがあるので、そこの見極めがなかなか難しいところ。

個人的に昔は「インターネットは情報を取捨選択することができる良い媒体」という認識だったのですが、今は多くの情報に溢れかえってて取捨選択がかなり難しい状況になっているように思います。単純に、私が情弱なだけかもしれません。

 

Twitterでよく回ってくるなと思うのは、かくあるべしという主義、主張です。それは文章だけでなく、漫画形式のものも多く見受けられます。後者は画像として張り出すことで、内容量をより濃くしようとしているのでしょうか(Twitterは140字の制限があるが、画像なら文字数の制限を受けない)。また、漫画の場合はキャラクターが喋っているためより主義、主張が強調されているように感じます。どうしてそのように感じるかは分かりませんが、作者はあの形式がより説得力を増すと分かっているのでしょう。

Twitterを始めたころは、そのようなものを見るたびに不快になったりしていたのですが、今はそうでもなくなってきました。物事はいくらでも解釈できるので、そういう解釈もあるのかぐらいに思うと精神衛生的に良いと気付いたのでしょう。他に理由があるとすれば、フォロワーがそれに反応して代わりにイライラしているので、私はその分冷静でいられるのかもしれません。なぜか他人事。落ち着いた心の時は客観的になりがち。

何だかんだ楽しくTwitterを使えてます。そこまで損することもないしね。あ、うそ。たまにちょっと怖いのが流れてきたりするときもあります。まあ、それもインターネットの宿命だと思っているので、その点に関しては受け入れるしかありません。あと、昨日のぬいぐるみの写真をアップしたら、頑張って耳コピしたやつよりいいねが付いて悔しかった。意外と不満出てくるな…。とにかく、皆さんもよいTwitter生活を楽しんでください。私はこのあと一言だけツイートして寝ます。

 

今日のご飯 炒飯、ポテト